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信州03・・・長野電鉄・屋代線 撮影記 [鉄道旅行記]

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2011.12.28・29
信州03
長野電鉄 屋代線 惜別乗車&撮影記
  

冬休みに行った、信州鉄道旅。前回からの続きです。
初日は「碓氷峠鉄道文化むら」や、しなの鉄道の169系などを撮影しつつ、旧・信越本線をひたすら鈍行列車と路線バスを乗り継いで北上しています。冬の陽は傾くのが早く、169系の撮影後に平原から乗った長野行きの普通列車が上田に着く頃には、もう薄暗くなってしまいました。こうなると鉄道の走行写真撮影は厳しいので、このまま今夜の宿を取ってある長野まで乗り通そうかとも考えたのですが、私にはもう一カ所だけ寄りたいところがありました。長野へ向かう前に途中下車したのは、屋代。

平原1542-(しなの鉄道2659M)-屋代1632

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イルミネーションに囲まれた三角屋根の屋代駅。
11.12.28 しなの鉄道 屋代

屋代には、元・信越線の立派なホームを使用しているしなの鉄道の脇に、もうひとつ小さな一面のプラットホームがあります。そのホームに発着するのが、次の目的である長野電鉄(長電)・屋代線です。屋代線は、この屋代から須坂までの24.4キロを結ぶ長電の支線。かつては屋代線の全区間と現在の長電本線にあたる長野線(長野~湯田中)の須坂~信州中野、さらに02年に廃止された信州中野~木島の通称・木島線を合わせて、河東線(かとうせん・屋代木島)という一本の路線名でしたが、木島線の廃止に伴い、須坂~信州中野が長野線に編入され(その際、信州中野~湯田中の山の内線も長野線に編入)、新たに一本化。残った屋代~須坂には屋代線の名が与えられました。もっとも、それ以前から運行形態は現在の長野線、屋代線、旧・木島線に分けられていたので、これは運行形態に合わせた路線名変更と言えるでしょう。そんなわけで、支線扱いとして細々と残った屋代線でしたが、サイクルトレインやパークアンドライドなどで活性化を図るも利用客減少の歯止めにはならず、ついに今春(12年4月)をもっての路線廃止が決定してしまいました。

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しなの鉄道の上下線ホームを結ぶ連絡橋の先に、
木造の古めかしい通路が続いています。
この先にあるのが長野電鉄・屋代線のホーム。
11.12.28 しなの鉄道 屋代

私がこの屋代線を訪れるのは今回で三度目。一度目は全線乗り潰しを目指していた頃に。二度目は廃線となる木島線の惜別乗車の際に信州中野までのルートを行きと帰りで変えようという狙いから、片道に屋代線を選んだのです。もちろんこれが河東線全線を通しての最後の乗車にもなりました。そして今回はこの屋代線の惜別乗車・・・。しかし、最後(になる公算が高い)の訪問なのに、車窓風景の見えない日暮れ後に訪れるとはいかがなものなのだろう・・・と、思われるでしょう。実は屋代線の惜別乗車は翌日にあらためて来るつもり。でもここまで来たら、一枚くらい夜の屋代線も写真に残しておきたいと思ったのです。

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人影まばらな屋代線ホームに佇む、長電3500系。
あれ?この3500系、赤帯が・・・無い??
11.12.28 長野電鉄屋代線 屋代

木造の連絡通路を渡ってホームへ下りると、屋代線の電車はすでに待機中。停まっていたのは、元・営団地下鉄日比谷線3000系の現・3500系でした。しかしよく見るとこの編成、長電3500系の特徴である窓下の赤帯が巻かれていません。オデコの「NAGADEN」ロゴも消され、その姿はまさに日比谷線時代そのもの。ここでまさかのリバイバルカラー出現とは・・・(無塗装だからカラーじゃないか ^^;)。これには懐かしい気持ちもあるけれど、私が記録しておきたいのは長電・屋代線の3500系。ちょっと複雑な気分です。

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非冷房で残るこの編成は
車内も営団時代とほぼ変わっていません。
これは素直に懐かしさを感じます。

リバイバル日比谷線(笑)は、数人程度の客を乗せて発車。私が向かうのは屋代から三つ目の岩野です。私は今までこの屋代線に乗車したことはあっても、沿線で撮影したことはありませんでした。しかしそんな屋代線でグッと惹かれる写真を、so-netブログ仲間の「やまびこさん」夏に撮影されていたのです。それは、枕木に夏草が生す線路と崩れかけたホームの小駅に停車する3500系・・・という、なんともローカルムード満点な一枚。その写真を撮られたのが岩野駅でした。当然今の時期は夏草など生い茂っているはずありませんが、ここは夜に訪れたらいい雰囲気になるんじゃなかろうかと思ったのです。

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静まり返った夜の小駅に電車が到着。
乗る客も降りる客もいません・・・。
11.12.28 長野電鉄屋代線 岩野

しかし実際に撮影してみると、駅自体の照明は明るいものの車両の顔にまでは光はまわらず、思っていたほどいい感じにはなりませんでした。う~ん、難しいものだなぁ・・・(´・ω・`)。予定ではもう一本くらい撮影しようと考えていたのですが、底冷えする寒さに耐えきれず、この一枚だけ撮って撤収。屋代に戻って乗り換え、長野へと向かいました。

屋代1727-(屋代線422)-岩野1734
岩野1848-(425)-屋代1857~1904-(しなの鉄道673M)-長野1922

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篠ノ井からJRへと入り、長野に到着した
しなの鉄道115系。
11.12.28 信越本線 長野

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長野には前々回に紹介した
特急「あさま」用189系の生き残りが、
直江津行きの「妙高号」として停車していました。

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長野名物の野沢菜をツマミに、
そば焼酎で冷えきった体を温めます。
そば焼酎と言えば本来、蕎麦を主原料とする
焼酎のことを指すのが一般的ですが、
ここでは甲類焼酎のそば湯割り。
蕎麦処の長野らしい飲み方を堪能しました。
(注.グラス半分ですが飲みかけではありません
濃いめがスキなので、1:1で割っているんです...^^;)

  

12月29日(木)
明けて翌日。長野駅で4回目となる「青春18きっぷ」に入鋏し、しなの鉄道直通列車で再び屋代へ。前日から同じ区間を行ったり来たりしていますが、乗車と撮影を考えた結果、長野から直接長電・長野線に乗るよりも、この屋代をまわった方が私の計画的には効率が良いのです。篠ノ井からの乗り越し料金を払い一旦改札を出て、屋代線へ乗るために長電のきっぷを買い直します。

長野0701-(3620M)-屋代0720

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屋代駅の長電ホームには、昔懐かしい木造の待合室が残っています。
(タイトル写真も参照)。
かつてはこの駅を介して、国鉄と長電の間には
直通の急行列車「志賀」などが運転されており、
屋代線(当時の河東線)は、その重要な役割を担っていました。
11.12.29 長野電鉄屋代線 屋代

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この日は赤帯の入ったフツーの3500系が待機中。
11.12.29 長野電鉄屋代線 屋代

朝早いものの、前日の夜よりは多くの客を乗せた(それでも156人ほど)須坂行きは、屋代を出ると右へ大きくカーブを切ってしなの鉄道の線路と分かれ、長野新幹線の高架下をくぐって進路を東へと取り、一路須坂を目指します。この日は惜別の全線乗車が第一目的ですが、夜だけでなく日中の走行シーンも記録したい。そこで途中下車したのは、またしても岩野。特別この駅に惹かれたというわけではないのですが、屋代線らしい撮影ポイントを探していたところ、たまたまそのポイントへの下車駅も前日に降りた岩野だったのでした。

屋代0729-(406)-岩野0736

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前日夜に撮影した場所から見た岩野駅。
このくらいの明るさで撮った方がいい感じだったかも・・・?
11.12.29 長野電鉄屋代線 岩野

その「屋代線らしい」撮影ポイントというのは、岩野から屋代方向へ歩いて15分ほどのところにあるトンネル「北山隧道」。実は長電の長野線には意外なことにトンネルが一カ所も存在せず(地下区間(長野~善光寺下)はありますが)、長電のトンネルは屋代線の二カ所だけ。屋代線が廃止されると長電にはトンネルが無くなってしまうことになります。そこで屋代線の記録として、このトンネルから列車が飛び出してくるシーンを狙いたかったのです。

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石造りのトンネルから顔を出した、屋代行きの3500系。
元・地下鉄車両だけに、こういうシーンはよく似合うかも (^^)
11.12.29 長野電鉄屋代線 岩野-雨宮

さらに屋代線らしいという理由だけでなく、この北山隧道は古い歴史を感じさせる石造りの外観で、なかなか味のあるフォトジェニックな佇まいをしています。詳しくはわかりませんが、おそらく河東線の前身である河東鉄道が開業した1922年(大正11年)当時から存在するのではないでしょうか。朝早い時間で日は当たりませんでしたが、むしろこのくらいのトーンの方がライトの光が際立って、いい雰囲気になったのではないかと思っています。

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岩野駅へ戻って、ホームの先端から乗車列車を撮影。
山あいで日の当たりづらいこのあたりには、
雪が多く残っています。
11.12.29 長野電鉄屋代線 岩野

下り列車で訪れて上り列車を撮影、すぐに駅へ戻って再び下り列車で移動します ε=ε=┌(; ̄▽ ̄)┘。慌ただしいけれど、本数の少ないローカル線などではウマく効率的にまわりたいもの。北山隧道で屋代線らしい一枚が撮れたことに満足し、ここからは一気に終点の須坂まで乗り通します。私は最終日間際のフィーバーぶりなどはあまりスキではないので、おそらくもう訪れることはなく、屋代線の景色はこれが見納めとなるでしょう。極力自分の脳裏にこの車窓風景や車内の様子を焼き付けておきたいと思い、ここからはあまり写真を撮らずにのんびりと屋代線の旅を楽しませていただきました。

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雄大な北信五岳が広がる屋代線の車窓風景。
北信五岳は長野線の車窓からも見ることができますが、
角度的には屋代線からの方が美しいのだそうな。
11.12.29 長野電鉄屋代線 大室-信濃川田(車窓から)

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90年もの長い歴史のなかで
様々な人たちの思い出を刻み続けてきたこの路線に
間もなく終止符が打たれる。
私は単なる旅行者のひとりに過ぎませんが、
もうこの鉄路を通ることは二度と無いのだと考えると、
とても胸が熱くなりました・・・。
「さようなら」とか「ありがとう」なんて、
毎日利用してきた地元の人たちのことを考えたら
私などが軽々しく言える言葉ではないけれど、
最後に一言・・・「おつかれさまでした、屋代線」。
11.12.29 長野電鉄屋代線 井上-須坂(後方の車窓から)

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終点、須坂に到着。
私の屋代線の旅は終わりました。
11.12.29 長野電鉄長野線 須坂

岩野0819-(408)-須坂0848

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須坂には懐かしいこんな電車が留置されていました。
新OSカーこと10系。今見てもなかなか斬新なお顔をしています。
「OSカーのOSって、オシャレ(O・Syare?)からきているんだよ」
って、昔の鉄道仲間言われたことがあり、本気で信じていました(^^;)
本当は通勤通学用として製造されたことから
Officemen & Students Carの頭文字から取ったのだそうです。
11.12.29 長野電鉄長野線 須坂

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車庫の奥に顔を並べるのは、
元・「成田エクスプレス」の2100系「スノーモンキー」と
元・小田急ロマンスカーHiSEの1000系「ゆけむり」。
いざこうやって顔を合わせるとスゴい組み合わせですね。
HiSEも本家からの引退が発表され、ここでしか会えなくなります。
11.12.29 長野電鉄長野線 須坂

屋代線の終点で長野線との接続駅である須坂には、長電の車両基地が併設されており、駅のホームからもいろいろな車両を眺めることができます。そのなかでやはり気になるのは、長電オリジナルの特急車でファンの人気が高い2000系。本当はこの2000系が運転される日だったら、ぜひとも撮影したいと思っていたのですが、残念ながらこの日はお休みでした。引退間際の今は朝の一往復(須坂~長野)か、イベントくらいでしか動かないんですよね・・・。

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人気の2000系はちょっと撮りにくい位置でお休み中。
もう一度、走行写真が撮れる機会はあるのかな・・・。
11.12.29 長野電鉄長野線 須坂

屋代線の惜別乗車&撮影を目的とした今回の長電訪問は、これにて終了。須坂から長野線の普通電車に乗って、長野へ戻ります。

須坂0858-(長電長野線102)-長野0923

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地下にある長電の長野駅に到着した3500系。
うーん、これこそまさに日比谷線って感じ。(^^;)
帯無しのリバイバル車をここで見てみたいですね。
11.12.29 長野電鉄長野線 長野

  

 

・・・続きます。