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夏休み03・・・三陸鉄道リアス線 乗車記 [鉄道旅行記]

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2019.07.27~30 夏休み03
遅ればせながら、祝・開通!
三陸鉄道リアス線 乗車
 
 
前回からの続きです。

仕事の都合により、今年もお盆前の7月末から8月のアタマにかけて夏休み(夏期休暇)を取得した私 (´▽`*)ナツヤスミ♪。
今夏の鉄旅は東北新幹線の「はやぶさ」に乗って北のほうへ進路を取り バビューン!!-=≡Σ(((⊃゚∀゚)つ、旅の初日(7/27)は奥羽本線で臨時運行された急行「津軽」を青森の津軽新城付近にて撮影 (^_[◎]oパチリ。青函トンネルを抜けて北海道へ渡った二日目(7/28)は、道南いさりび鉄道で運行されている国鉄復刻色のキハ40形を撮影 (^_[◎]oパチリ。函館での滞在時間は短くて観光地などを巡ることはできなかったけれど、そのぶんお目当ての国鉄色キハ(急行色タラコ色)は満足のいく結果が残せました ☆.(○≧ω')b OK牧場!(タラコのほうは日あたり具合がビミョーだったけど・・・^^;)。

そして撮影ポイントの近くから路線バスに乗り、北海道新幹線といさりび鉄道の接続駅である木古内(きこない)の駅に戻ってきた私 (=゚ω゚)ノ゙タライマ!。相撲好きとしては木古内からそう遠くない(・・・といってもバスで一時間)、福島町の「千代の富士記念館」も気になるところですが、残念ながらそこへ立ち寄る時間的な余裕は無く(そもそも現時刻はすでに閉館)(・ε・`)シャーナイネ、新幹線の改札を入ります。
乗車したのは上りの「はやぶさ42号」東京ゆき。これでもう帰京してしまうのでしょうか? σ(゚・゚*)カエル?


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木古内のホームに入って来た、
E5系の「はやぶさ」。
木古内に停車する新幹線は少なくて、
定期列車は上下とも一日に8本ずつ。
ちょっとしたローカル線なみです。
( ̄  ̄;)スクナイ…
▲19.7.28 北海道新幹線 木古内

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新幹線の車窓に見る、北の大地の夕暮れ。
道内の滞在がわずか一日だったのは、
ちょっと惜しい気もします。
σ(・∀・`)ウーン…
この数分後、新幹線は青函トンネルへ・・・。
▲19.7.28 北海道新幹線 木古内-奥津軽いまべつ
(車窓から)


前回でちょろっと触れましたが、この「はやぶさ42号」でも指定席の空席に“間借り”する「特定特急券」を使用 (*・ω・)つ[トクテー]。木古内で乗った時点での車内はガラガラだったのでテキトーな空席に座れたものの、日曜最終の東京ゆきとなる当列車は新青森から多くの人が乗ってくることが予想され、私が座っている席にも指定券を持った方が現れるかもしれない (゚ペ)ウーン…。そう考えると、やっぱり特定特急券って制度はふつうの自由席より落ち着きません ((o(・∀・`)o))ソワソワ。かといって、ちゃんとした(?)指定券を買うほどの乗車時間じゃないし・・・。そう、ケチって指定券より500円安い特定特急券を選んだ私は、東京までの長距離乗車ではないのです。
新青森では思ったほどお客は乗ってこず、私はそのまま座席を移動すること無く乗り続けられ ε-(´∇`*)ホッ、木古内から1時間20分の八戸(はちのへ)で席を立ちました。今宵はここが宿泊地 (・ω・)トーチャコ。


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青森県の八戸で下車。
東京ゆきの「はやぶさ」を見送ります。
バイチャ!( ゚д゚)ノシ
お、右隣のホームに見えるのは、
JR北海道が所有する数少ない編成で、
紫色のラインが巻かれたH5系じゃん
(乗ってきたJR東日本のE5系はピンクのライン)。
▲19.7.28 東北新幹線 八戸


木古内1852-(東北新幹線 やまびこ42号)-八戸2011


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八戸の名物と言えばイカですが、
今日は函館でイカ刺しや海鮮丼を食べたので、
ここでは慎ましく(?)、
いか飯やせんべい汁などをいただきました。
鶏肉や野菜などのダシが効いたせんべい汁が
体に優しくてウマいなぁ・・・。
(*´v`*)ホッコリ♪

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たまたまですが宿泊したホテルのお部屋は
駅が望めるトレインビュールームでした。
(゚∀゚)オッ!
八戸の在来線ホームには青い森鉄道の列車が停車中。
右の青森ゆき下り列車が青い森703系、
左の三戸ゆき上り列車が青い森701系です。
(^_[◎]oパチリ
▲19.7.28 青い森鉄道 八戸




7月29日(月)


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青森の八戸で迎えた三日目の朝。
気持ちのいい快晴です。
のちほど知ることになるのですが、
この日に東北地方の梅雨明けが発表されました。
(´▽`*)イイテンキ♪
▲19.7.29 東北新幹線 八戸


真っ青な夏空が広がる八戸の朝  ('-'*)オハヨ♪。
三日目にして今旅いちばんの快晴ですが、本日はどちらかというと“撮り鉄”よりも“乗り鉄”が主体の行程となっています ( ̄▽ ̄*)ノリテツ。
八戸は前日に乗ってきた東北新幹線のほか、東北本線を引き継いだ第三セクターの青い森鉄道(目時~青森)と、JRの八戸線(八戸~久慈)が乗り入れる、青森県東部の主要駅 (・o・*)ホホゥ。そのなかで私が乗車するのは八戸線の久慈(くじ)ゆき下り普通列車で、JRの路線の普通列車を利用するのならば、ここで「青春18きっぷ」の出番です (*・∀・)つ[18]


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八戸から乗る八戸線は非電化ローカル線。
以前に訪れた時は
国鉄型のキハ40形が使われていましたが、

現在は新型のキハE130系に置き換えられました。
外観も車内もまだピッカピカ。
.+゜(0゚・∀・)ペカペカ.+゜
▲19.7.29 八戸線 八戸


・・・といっても、今旅のおもな目的路線は八戸線でなく、さらにその先 σ(゚・゚*)サキ?。
なので、今回は八戸線の部分をさらっと流しますが、同線は5年前(2014年)の同時期にも乗車と撮影へ訪れているので、興味のある方はそちらをご参照いただければと思います。


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八戸線の車内でいただく朝食は
青森のご当地パン、工藤パンの「イギリストースト」。
しかもこれはエヴァンゲリオンとのコラボだそうで
(イギリストースト ジャリ・チョコ暴走モード)、
パンの表にカラフルなチョコスプレーが振られており、
なんともインパクトのある菓子パンです。
w( ̄▽ ̄;)wワオッ!!
ちなみに二枚のパンの間には
砂糖マーガリンも塗られているので、
相当に甘い・・・(´д`)アマ…

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八戸の市街地を抜け、
蕪島で有名な鮫(さめ)を過ぎると、
列車は海岸沿いを走るようになります。
(´▽`*)ウミ~♪
走る車両は国鉄型から新型に変わったけれど、
この壮大な車窓風景は変わらぬ八戸線の魅力です。
▲19.7.29 八戸線 鮫-陸奥白浜(車窓から)

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八戸線の終点、久慈に到着。
隣のホームには接続を待っている列車の姿があります。
(゚∀゚)オッ!
▲19.7.29 八戸線 久慈(前方の車窓から)


八戸0535-(八戸423D)-久慈0756

八戸線に最近導入された新型のキハE130系は軽やかに海沿いの鉄路を快走し、八戸から2時間半で終点の久慈に到着 (゚ー゚*)クジ。
ちなみにこの久慈は、私がJR(国鉄)全線の完乗(完全乗車)を達成した感慨のある駅 (´ω`)シミジミ・・・なのですが、そんな思い出をしみじみと振り返っている余裕はなく、すぐに接続する次の列車へ急いで乗り継がねばなりません ε=┌(;゚д゚)┘ノリカエ!。
ここから先はJRの路線ではないため「青春18きっぷ」が使えず、あらためて乗車券(窓口販売の途中下車可能な片道乗車券)を買って改札に入り直すと ...(((*・ω・)つ[キップ]、ホームで待機していたのは、三陸鉄道リアス線の盛(さかり)ゆき上り普通列車 (=゚ω゚)ノ゙ヤア。


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オレンジ色の軒が印象的な三陸鉄道の久慈駅。
(゚ー゚*)クジ
久慈は良質な琥珀(こはく)の産地として知られ、
駅には「琥珀王国」と掲げられています。
▲19.7.29 三陸鉄道リアス線 久慈

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そして三陸鉄道と言えば
この国民的ドラマ(?)を思い浮かべる方も
多いのではないでしょうか。
(´∀`*)アマチャソ
私は視てないんだけどね・・・
(^^;)ゞポリポリ

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三陸鉄道ホームで発車を待つ盛ゆき。
トリコロールカラー(白・赤・青)の車両は
現在の主力形式となっている、
36-700形ディーゼルカー。
ちなみに形式の“36”は“三陸”の語呂合わせね。
サンロク…(; ̄▽ ̄)サンリク…
▲19.7.29 三鉄リアス線 久慈


単行列車(一両)の車内は、学校が夏休みの期間中にも関わらず多くの学生さんで賑わっていたものの、利用区間が短いからか大半の学生は座らずに立っていて(やはり久慈から二駅目の陸中野田(りくちゅうのだ)で学生が下車し、以降の車内はガラガラに空いた)、私はボックスシートの一角に座ることができました ε-(´∇`*)ホッ。
8時5分、盛ゆきは定刻に久慈を発車 (/*´∀`)o レッツラゴー♪。

三陸鉄道(三鉄)リアス線は、岩手県大船渡市の盛を起点に、吉浜(よしはま)、釜石(かまいし)、大槌(おおつち)、陸中山田(りくちゅうやまだ)、宮古(みやこ)、田老(たろう)、普代(ふだい)など三陸沿岸の各地を経て、同県久慈市の久慈にいたる、全長163.0キロにもおよぶ第三セクター方式の非電化ローカル線 (・o・*)ホホゥ(なお今旅の私は、路線終点となる久慈から上り方向へ進みます)。
その会社名や路線名が表すように当線は、入り組んだ地形が特徴のリアス式海岸で知られる三陸海岸に沿うように線路が敷かれ、車窓からも太平洋の壮大な海景色を望める旅情深い路線ですが、もう多くの方がご存知のとおり、その立地がゆえに先の東日本大震災(2011年3月発生)ではとくに津波の強襲による甚大な被害(線路や橋梁、駅舎の流失など)を路線の各所で受けてしまいました。しかし、そのような状況のなかで三鉄は、震災に見舞われた五日後に早くも一部区間で運転を再開。全線復旧までには長い年月を要したものの、震災に負けないその前向きな姿勢は多くの被災者を勇気づけ、同線の復旧は復興を目指す希望の象徴ともなったのです ガンバレ!p(`・д・´)qトーホク!。


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盛から久慈まで、
岩手県の三陸海岸を縦断するように敷かれた、
三陸鉄道リアス線(赤い線)。
地図中の青い線は八戸線(八戸~久慈)、
茶色い線は山田線(盛岡~宮古)、
グレーの線は釜石線(花巻~釜石)、
緑の線は東北新幹線を表しています。


そんな三鉄ですが、もともと震災前は一本(一路線)のリアス線ではなく、ふたつの路線に分かれていました。
ひとつは北部の宮古と久慈のあいだを結んでいて、1984年に国鉄の宮古線(宮古~田老)と久慈線(普代~久慈)を引き継いだ(田老~普代は新規に開通)、三鉄・北リアス線 (゚ー゚*)キタリアス。
もうひとつが南部の盛と釜石のあいだを結んでいて、やはり1984年に国鉄の盛線(盛~吉浜)を引き継いだ(吉浜~宮古は新規に開通)、三鉄・南リアス線 (゚ー゚*)ミナミリアス。
そしてその離れた両線のあいだ(宮古~釜石)を、JR山田線(盛岡~宮古~釜石)の一部がつなぐような格好となっていました (゚ー゚*)ヤマダクン。つまり、現・リアス線のうちの釜石と宮古のあいだは震災前までJR管轄の山田線だったのです ( ̄。 ̄)ヘー(ただし、当時から一部列車は三鉄と山田線で直通運転を行なっていた)。
ところが、震災の津波で壊滅的な被害を受けた山田線の当区間(宮古~釜石)。当初JR側は鉄道での復旧を困難だとして、線路跡の専用道などを使った、鉄道に代わるバス輸送(いわゆるBRT=Bus Rapid Transit・バス高速輸送システム)を提案するも、沿線の自治体側は鉄道(列車)での復旧を強く要請。紆余曲折あった協議の結果、被災した線路や駅、設備などの復旧(現状復帰)をJRが行なった上で、当区間を三鉄に無償譲渡して経営や運行事業を移管することで合意。JR山田線だった釜石と宮古のあいだが三鉄へ転換されたことから南北のリアス線と合わせて一本の路線につながり、新たに「リアス線」として再出発(全線開通)を果たしたのが今年3月のことでした (*゚▽゚)/゚・:*【祝・リアス線】*:・゚\(゚▽゚*)。


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今年の3月23日に
旧・JR山田線の宮古〜釜石が三鉄へ移管され、
新たに一本の三陸鉄道リアス線となりました。
盛から久慈までの163キロは
第三セクター鉄道で最長の営業距離です。
w(*゚o゚*)wオオー!


そこで、日本の旅客鉄道路線の全線完乗を目指している私 (*`・ω・´)-3フンス!。
三鉄は震災前に北リアス線も南リアス線も全区間を何度か乗車しているし、JR山田線だった釜石と宮古のあいだも乗り潰しているけれど(以前に運行されていた臨時快速の「リアスシーライナー」では、仙台から八戸まで10時間ぶっ続けで乗り通したこともある)、やはりあらためてリアス線となった同線を再訪したいと思い、今旅の行程に組み入れてみました (´ω`)ナルヘソ。


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学生さんが降りて空いた車内で、
さっそく駅弁を開きます
(朝から食べてばっかしw)。
久慈のわずかな乗換時間で仕入れてきたのは、
三鉄の名物駅弁「うに弁当(1,470円)」。
ウニ━━━━━(゚∀゚*)━━━━━!!
もう見た目だけで説明が不要な、
一面に蒸しウニが敷き詰められた豪勢なお弁当。
頬張れば、口のなかいっぱいに磯の風味が広がります。
う~ん、贅沢だなぁ・・・。
(゚д゚)ウマー!! ☆☆☆☆・

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車窓に広がる三陸の青い海。
景色のいいところでは
定期の普通列車でも減速してくれます。
(´▽`*)キレイ♪
▲19.7.29 三鉄リアス線 野田玉川-堀内
(車窓から)


久慈から私が乗った上り列車(5108D)は全線を通して走る盛ゆきで、まさに一本化となったリアス線を印象付けるものですが (゚ー゚*)ヒロセリアス、このまま始発駅から終着駅まで4時間半もず~っと乗りっぱなしじゃ、さすがにツマラナイ (-`ω´-*)ウム。お天気もいいことだし、ちょっと途中下車してみましょうか (・∀・)イイネ。
陸中野田で開いた「うに弁当」をちょうど食べ終えた頃に着いたのは、掘内(ほりない)。


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久慈からリアス線の列車に揺られて30分、
下車したのは堀内・・・のはずが、
ホームに建っていた駅名標は袖が浜?
(゚ー゚?)オヨ?
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内?


久慈0805-(三鉄5108D)-掘内0835

掘内で列車を降りると、目に留ったのは「袖が浜(そでがはま)」と表記された駅名標。
じぇじぇじぇ、いつの間に駅名が改称されたんだ? Σ(゚∇゚;ノ)ノジェジェジェ!? ・・・な~んて、トボケたことを言っているのは、朝ドラをまったく視ない私だけ?(ちなみに、私は朝の連ドラや大河ドラマの類いをいっさい視ないケド、公共料金はちゃんと収めていますよ(笑))。
そう、この堀内駅は朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年放送)のなかに登場した駅で、その際の架空の駅名が「袖が浜」なのだそうな ( ̄。 ̄)ヘー。駅に掲げられていた案内板には『ドラマでは主人公アキの親友ユイちゃんがトンネルに向かって「アイドルになりたーい」と叫ぶ場面や、安倍ちゃんの旅立ちの場面、夏ばっぱが大漁旗を振ってアキを見送る場面などに当駅が登場しました』って書かれていますが、ドラマを視ていた方はそのシーンが思い浮かびますか? σ(゚・゚*)ンー…。


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海を望む高台に位置する掘内の駅。
なるほど、ドラマの舞台になるのもうなづける、
ステキなロケーションですね。
(σ´∀`)σイイネ♪
ちなみに海に向かって伸びるのは久慈の三崎半島。
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内


そんな堀内はドラマの聖地(?)ということだけでなく、海を背景にできる三鉄の撮影ポイントがいくつか点在しており、私が当駅で下車した目的はそこでの撮り鉄 ( ̄▽ ̄*)トリテツ。
時刻表で列車を確認すると、8時35分の上り列車(5108D)で当駅に着いた私が、次に乗る同方向の列車は11時09分発(1110D)で、その間に9時ちょうど(1107D)と10時36分(1109D)の二本の下り列車(久慈ゆき)があります φ(゚ー゚*) フムフム。上り、下り、下り、上りの運行順序は、なんだかアンバランスなようにも思うけれど私にとっては好都合で、運転本数が決して多くはない三鉄で二本も撮れれば大きな収穫です (・∀・)ナイス。


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次の列車は
9時00分発の久慈ゆき・・・
くじにくじ・・・
ヒャヒャヒャ(゚∀゚≡゚∀゚)ヒャヒャヒャ


駄菓子菓子(だがしかし)( ̄△ ̄;)エッ…、最初の一本目(1107D)は来るまでにあまり時間が無いので、あらかじめネットで調べてきた駅近の場所で撮ろう・・・と、安易に考えていたのですが、実際にそこへ行ってみると夏場だからか草木がうっそうと生い茂っていて、海は望めても線路はほとんど見えない状態 Σ(゚□゚*)ナニーッ!!。あちゃ~、こりゃ参ったね。


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駅近くの撮影ポイントとして
ネットで紹介されていた場所は、
ご覧のような状態。
写真の左に線路があるのですが、
木々の葉でほとんど隠されちゃっています。
(ノO`)アチャー


ならば、当初は二本目の列車(1109D)を撮ろうと考えていた、もうひとつの撮影ポイントに向かいます (・ε・`)シャーナイネ。そこは駅から歩いて15分の距離。次の列車が来るのは20分後で時間的にちょっとタイトですが、ギリギリ間に合うかな? ε=┌(;゚д゚)┘イソゲ!。東北地方とはいえ、眩しい夏の日差しが容赦なく照りつけるなか、汗だくになりながら急ぎ目で歩みを進めると ε~ε~ε~(((;;´Д`)ヒィ...ハァ...、お目当ての列車が前駅の白井海岸(しらいかいがん)を発車する頃(8時54分発)、どうにか目的地へ到達できました ε-(´o`;A フゥ…。


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撮影ポイントはこんなところ。
国道の橋のたもとから海のほうを向くと、
並行して架かる三鉄の橋梁が望めます。
ふう、間に合った・・・ε-(´o`;A フゥ…。

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水平線が霞む盛夏の海を背にして、
ビュースポットの橋をゆっくりと渡りゆく
三鉄リアス線の単行列車。
小さな漁港にディーゼルのエンジン音が響きます。
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内-白井海岸(後追い)


海バックでリアス線が撮れました~!ヽ(´▽`)ノワ~イ♪
青い海を背にして橋を渡るリアス線の単行列車、いい眺めの鉄道情景だなぁ・・・+。:.(´ω`)シミジミ.:。+゚。
私がやってきた撮影ポイントは、国道の橋(掘内大橋)から三鉄の橋梁(大沢橋梁)と海景色を一望できる好撮影地で、いかにもリアス線らしい情景が手軽に撮れる、同線随一の“お立ち台”的な撮影スポット (^_[◎]oパチリ 。ここは本来、昼ごろから午後にかけてが順光となるようで、私が訪れた時間帯は車体の側面にまだ日が当たらない状態でしたが、乗り鉄を主体とした今日の行程を優先するとやむを得えません σ(・∀・`)ウーン…。それでもこの壮大なお立ち台で、リアス線の列車が撮れただけで満足です (+`゚∀´)=b OK牧場!。
ところで、車両は先ほど乗ってきたのと同じ36-700形ではあるものの、なんだか車体がちょっと賑やかなデザインをしています (=゚ω゚=*)ンン!?。


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ちょっと解りづらいのですが車体には
いろいろなご当地キャラ(?)とともに、
「みんなでスクラム、2019年を盛り上げよう!
スクラムいわてフィフティーンも応援しています」
と書かれています。
スクラムってことは、ラグビー?
σ(゚・゚*)ラグビー?


どうやらこれは、今年9月に開催されるラグビーワールドカップの一会場となっている、三鉄沿線の釜石市をPRしたラッピングのようです (゚ー゚*)ラグビー…。このラッピング車両を撮ることで、日本初開催となるラグビーワールドカップを表す、いい記録になったと言えるかもしれないけれど、やはり個人的にはラッピング車両でなく、ここではノーマルな標準色のトリコロールカラー(さっき乗ってきた列車の色)を撮りたかったのが正直なところ σ(・∀・`)ウーン…。
では、次に来るもう一本の下り列車(二本目の1109D)に、その標準色を期待するも・・・(;`ロ´)ハッ!


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木々の緑と青い海が彩る夏のステージに
汽笛を鳴らして現れたのは・・・
これまた賑やかな衣装を纏ったラッピング列車。
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内-白井海岸(後追い)


ありゃ、またラッピング車両だよ (´д`;)アウ…。
しかも今度のは、私がよく知らないポケモン(?)のキャラが描かれているみたいで、個人的にはハズレ感が強いなぁ・・・(・ω・`)ゞウーン。このお立ち台のように壮大な風景では、賑やかなデザインよりもシンプルな色のほうが映えるものなんですよね。きれいな順光の時間帯ではないながらもお天気には恵まれたのに、どうも今日は車両的な鉄運はツキがなかったようです (・ε・`)チェ。

ちょっと煮え切らない気分ですが (≡"≡;*)モヤモヤ…、お立ち台での撮影はこれで終了。
掘内の駅に戻ってふたたびリアス線の乗り鉄を再開します ...(((o´・ω・)o。


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海を横目に見て
掘内のホームに入ってきた
上りの釜石ゆきは
先ほどのラグビーラッピング車でした。
(゚ー゚*)ラグビー
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内

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おや、車内の吊り手がラグビーボール型?
(゚∀゚)オッ!

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先ほど撮影していた国道の掘内大橋を
車中から眺めます。
こうやって見るとけっこうな高さがあります。
w(゚o゚)w オオー!
▲19.7.29 三鉄リアス線 堀内-白井海岸
(車窓から)

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田野畑と普代の駅間には
三鉄の車両を模したデザインの水門が見られます。
そう、このトリコロールこそ三鉄の標準色なんだよね・・・。
σ(・∀・`)ウーン…
▲19.7.29 三鉄リアス線 田野畑-普代
(車窓から)

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沿線の各所で建設が進められている巨大な防潮堤。
もちろん住民の生活を守るのに必要な設備ですが、
のどかな風景が一変してしまいます・・・。
▲19.7.29 三鉄リアス線 田野畑-島越
(車窓から)

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津波の被害がとくに酷かった島越(しまのこし)。
流失した旧駅舎に架けられていた階段の一部と
津波に飲み込まれながらも立ち続けた
宮沢賢治の詩碑が駅前に保存されており、
車窓からもそれが見えました。
▲19.7.29 三鉄リアス線 島越(車窓から)

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旧・北リアス線の起点で、
三陸鉄道の本社が置かれた主要駅、
宮古に停車 (゚ー゚*)ミヤコ
ここでラグビーラッピング車の前方に、
標準色の車両が一両増結されました。
▲19.7.29 三鉄リアス線 宮古


もともと沿線にはトンネルの多いリアス線。断続的なトンネルを抜けたらパッと海景色が広がる・・・という印象をこれまでは持っていましたが、その海に近いところでは大掛かりな防潮堤の建設が目立ちます。場所によっては車窓から海がほとんど見えなくなっちゃったようなところもあるけれど、海辺に暮らす方々の生活や地域の足として走る三鉄を津波災害から守ることが第一ですよね。いまは殺風景に見えてしまう無機質な防潮堤も、いずれは三鉄の沿線風景として溶け込むのかも知れません。・・・なんて、あくまでも余所者の勝手な見方に過ぎませんが。

そんな風景を車窓に映しながら列車は進み、堀内から一時間で宮古に停車 (゚ー゚*)ミヤコ。ここで単行から二両編成へ車両が増結されましたが、増結車のほうはおもに宮古からのツアー客(クラブツ◯リズムね)が乗られていたので、この増結がふだんから行なわれる所定のものかどうかはわかりません σ(゚・゚*)ンー…。私は引き続きラグビーラッピング車のほうに乗ったまま過ごし、宮古を発車した釜石ゆきの列車はJR山田線から移管された区間へと入ります ...(((o*・ω・)o。


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市内を流れる閉伊川(へいがわ)を渡って、
宮古をあとにするリアス線の列車。
旧・山田線の区間を走ります。
▲19.7.29 三鉄リアス線 宮古-磯鶏
(車窓から)

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山田線の線名由来ともなった、
山田町の陸中山田。
風車のモニュメントが施された駅舎は、
山田湾に浮かぶ無人島の
オランダ島に由来するものだとか。
( ̄。 ̄)ヘー
▲19.7.29 三鉄リアス線 陸中山田(車窓から)

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浪板海岸は波が寄せても返さない
「片寄せ波」で知られる景勝地でしたが、
震災により砂浜が消失。
現在は砂浜の再生工事が計画されているそうです。
▲19.7.29 三鉄リアス線 浪板海岸-吉里吉里
(車窓から)

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この区間で見逃せないのが、
珍駅名のひとつ「吉里吉里(きりきり)」。
井上ひさし氏の小説「吉里吉里人」を
思い浮かべる方も多いでしょう。
( ̄▽ ̄)キリキリ
JR時代の当駅は趣のある木造駅舎で、
震災にも耐えて残っていましたが、
老朽化を理由に路線休止中の2012年に解体され、
現在はこのような新しい駅舎となりました。
▲19.7.29 三鉄リアス線 吉里吉里(車窓から)

0036.jpg
津波が大槌川を遡上したことで、
被害が甚大だった大槌町。
ここでも巨大な防潮堤建設が進められています。
▲19.7.29 三鉄リアス線 吉里吉里-大槌
(車窓から)

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「感動をともに ラグビーとともに」
ラグビーワールドカップの試合が行なわれる
「釜石鵜住居復興スタジアム」は
リアス線の鵜住居(うのすまい)が最寄駅。
(゚ー゚*)ラグビー
▲19.7.29 三鉄リアス線 大槌-鵜住居
(車窓から)

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堀内から乗ってきた列車の終点、釜石に到着。
ここでさらに先へ進む盛ゆきに乗り継ぎます。
ノリカエ…((((o* ̄-)o
▲19.7.29 三鉄リアス線 釜石


JRから移管された旧・山田線の宮古と釜石のあいだですが、もともとこの区間は三鉄の北リアス線と南リアス線に挟まれた形で存在していたため、個人的にはそれらを合わせて乗り通す(乗り継ぐ)ケースが過去に多かったこともあり、あらためて三鉄の路線になったと言っても、とくに大きな違和感は覚えませんでした σ(゚・゚*)ンー… 。もちろん当区間の存続に際して、三鉄や沿線自治体には大変な苦労と努力があったと思われますが、路線廃止やBRT化でなく三鉄への移管という現在の結果は、南北のリアス線とつながった形を見ても、落ち着くところに落ち着いたという印象です。これも余所者の勝手な見方に過ぎないのですが。

釜石で盛ゆきの列車(214D)に乗り継ぎ、今度は旧・南リアス線だった区間を進みます ...(((o*・ω・)o。


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釜石は昔から製鉄業が盛んな「鉄の街」。
車窓からもその溶鉱炉の煙突などが望めます。
(゚∀゚)オッ!
▲19.7.29 三鉄リアス線 釜石-平田(車窓から)

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高台のホームから海が望める恋し浜(こいしはま)。
もともとは同じ読みの「小石浜」でしたが、
そのロケーションの良さと、
地元産のブランドホタテ「恋し浜」の名にちなんで、
現駅名に改称されました。
( ̄。 ̄)ヘー
▲19.7.29 三鉄リアス線 恋し浜

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恋し浜の駅待合室には、
ホタテの貝殻を絵馬として吊るす
「ホタテ貝の絵馬掛け」が行われており、
その絵馬を書く時間(?)として、
列車によっては少し長めの停車時間が設定されています。
(゚ー゚*)ホタテマン
それにしても、
吊るされたホタテ絵馬の傍らに立つのは
「鉄道むすめ」ならぬ「鉄道イケメン」!?
恋愛成就のホタテ絵馬を書くのは女性が多いから、
イメージキャラが男子なのかな?
( ̄▽ ̄*)イケメソ

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そんな恋し浜の停車中に何気なく
乗っていた列車の後方へまわってみると、
(=゚ω゚=*)ンン!?
なんと「祝・リアス線開通」の記念ヘッドマークが
掲げられているではありませんか
(前方には付いてなかった)。
これはちょっと嬉しい鉄運。
(o ̄∇ ̄o)ラキー♪
▲19.7.29 三鉄リアス線 恋し浜


列車はこれまでと同様に海を左手に望みながら、三陸海岸沿いをひたすらに南下。旧・北リアス線の区間(71.0キロ)や旧・山田線の区間(55.4キロ)に比べて、旧・南リアス線の区間(36.6キロ)は距離が短く、釜石から一時間足らずで終点の盛に到着しました (・ω・)トーチャコ。

これで私は久慈から盛までの全線を乗り通したことになり、三陸鉄道リアス線を完乗です (´w`*)ドツカレサン。


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久慈から盛まで163.0キロ、
三セク最長の三鉄リアス線を乗り潰しました。
乗りごたえあったぶん、達成感もひとしおです。
▲19.7.29 三鉄リアス線 盛


掘内1109-(三鉄1110D)-釜石1353~1415-(214D)-盛1507

大地震による津波の強襲で壊滅的な被害を受けながらも力強く立ち上がり、旧・山田線区間を含む全線で列車の運行が再開された新生・リアス線。車窓を見ればやはり大きな防潮堤の建設に目が行くし、いまだ震災の爪痕が残る箇所をみると、まだまだ復興の道なかばという印象も強いけれど、それでもこの三陸の地に鉄路を進む列車が戻ってきて、ふたたびこのような鉄旅ができるようになったことを素直に嬉しく思いました。
今回は全線の乗り潰しを第一の目的として、久慈から盛までを一日で乗り通しましたが(途中で掘内には寄ったけど)、次にまた三鉄を訪れる機会があれば、今度はもう少しゆとりのある行程で宮古や釜石などにも立ち寄ってみたいところです (*゚ー゚)ノ゙マタネ。


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最初に乗った久慈と同様、
オレンジ色の軒が印象的な三鉄の盛駅。
右隣に建ち並ぶのはJR大船渡線の盛駅です。
(駅舎は別だけど、構内はつながっている)
▲19.7.29 三鉄リアス線 盛

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余談ながら盛には三鉄とJRのほかに
岩手開発鉄道という貨物専用鉄道も存在
(かつては旅客営業も行なっていた)。
乗り継ぎの待ち時間でタイミングよく
貨物列車の通過を見ることができました。
(゚∀゚)オッ!
青い凸形DL(DD56形)がシブいね。
▲19.7.29 岩手開発鉄道 盛


さて、盛は三鉄リアス線とJR大船渡線(おおふなとせん)の接続駅で、私は大船渡線に乗り換えます ノリカエ…((((o* ̄-)o。
しかし、立派な駅舎から改札を通ってホームに出ると、なんとそこには線路がありません ( ̄△ ̄;)エッ…。実はこの大船渡線は、岩手県内陸部の一ノ関(いちのせき)から三陸海岸の盛までを結ぶ非電化の鉄道路線でしたが、やはり震災による津波の被害を受けたことで、一部区間にあたる気仙沼(けせんぬま)と盛のあいだが鉄道による復旧を断念。先に旧・山田線の転換問題でちょろっと触れた、「BRT」というバスによって現在は運行されているのです (゚ー゚*)バス…。鉄道でなくなってしまったのは個人的にとても残念ですが、これも地元の方の大事な足を維持するための存続方法なんですよね・・・(ちなみに、宮城県の前谷地(まえやち)と気仙沼を結ぶ、気仙沼線の柳津(やないづ)と気仙沼の区間も同様にBRTでの運行)。


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盛の駅構内を見渡すと、
三鉄のホームは列車が発着しますが、
JRのホームには線路が無くバスが発着します。
見慣れないとちょっと違和感を覚える光景。
σ(゚・゚*)ンー…
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 盛

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赤い色のBRTで運行される
大船渡線の気仙沼ゆきがホームに入ってきました。
BRTでも当線はJRの路線とみなされるので、
「青春18きっぷ」での乗車が可能です。
 (*・ω・)つ[18]
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 盛

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いちばん前の座席から前方を眺めます。
m(・∀・)m カブリツキ
大船渡線の路盤を改修したBRTの専用道。
一般道との交差点には遮断機が設けられており、
一般の車両は専用道が通行できないようになっています
(専用道の遮断機はBRTが通過する時だけ開く)。
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 盛-大船渡
(前方の車窓から)

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大船渡市の中心駅だった大船渡も、
鉄道駅からBRT駅に改修。
ここで上下方向のバスが交換しました。
基本的に専用道は単線のようなもの。
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 大船渡
(前方の車窓から)

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下船渡を出ると左手には
大船渡湾を眺めることができます。
列車からバスになったけれど、
大船渡線随一だったこの場所の車窓風景は
変わりませんね・・・。
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 下船渡-細浦
(前方の車窓から)

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BRTは全区間が専用道でなく、
一般道を走る区間も存在します。
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 小友-西下
(前方の車窓から)

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気仙沼の市街地付近では、
ふたたび専用道を走るようになったBRT。
トンネルは鉄道時代のものを
そのまま利用しています。
(゚ー゚*)トンネル
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 鹿折唐桑-気仙沼
(前方の車窓から)

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専用道の先に線路と駅、列車が見えてきました。
(゚∀゚)オッ!
まもなくBRTと鉄道の合流点(分岐点)である
気仙沼の駅に到着です。
▲19.7.29 大船渡線(BRT) 鹿折唐桑-気仙沼
(前方の車窓から)

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気仙沼の構内も盛と同様に
鉄道のホームとBRTのホームが混在。
BRTの大船渡線から列車の大船渡線に乗り継ぎます。
ノリカエ…((((o* ̄-)o
鉄道ホームに待機していた一ノ関ゆきはキハ100系。
▲19.7.29 大船渡線 気仙沼

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沿線きっての景勝地、
猊鼻渓(げいびけい)のあたりで
日暮れを迎えます。
▲19.7.29 大船渡線 猊鼻渓(車窓から)


気仙沼でBRTから列車の大船渡線に乗り継ぎ、さらに内陸のほうへ進みます ...(((o*・ω・)o。
大船渡線は典型的な我田引水ならぬ“我田引鉄”、つまり建設当時の政治事情に振り回されたことで結果的に無駄な大回りを強いられる形となり、その極端に湾曲した線形はナベヅルとか、ドラゴン(龍)などと揶揄されるほど ( ̄。 ̄)ヘー(かつては快速「スーパードラゴン」なんて自虐的(?)な名称の列車もあった (´∀`;)ドラゴソ)。実際に私が乗った列車は、ちょうどうねった線形のあたりで夕暮れを迎えたのですが、茜色になった西の空が右の車窓に見えたかと思うと、ひと駅進んだところでは左の車窓に移っていて、なんだか方向感覚を惑わされてしまいます ヽ(゚◇。)ノアリャリャ?。


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気仙沼からキハに揺られて一時間半
(盛からのトータルだと約三時間)、
すっかり日が落ちた空のもと、
大船渡線は終点の一ノ関に到着。
(・ω・)トーチャコ
▲19.7.29 東北本線 一ノ関


盛1620-(大船渡BRT110)-気仙沼1729~1750-(大船渡340D)-一ノ関1914

朝に青森県の八戸から八戸線でスタートし、三陸海岸沿いを三陸鉄道リアス線で南下、さらに大船渡線のBRTと列車を乗り継ぎ、日が暮れたころに岩手県南部の一ノ関へと到達しました (・ω・)トーチャコ。堀内での撮り鉄はラッピング列車の二連発というちょっとビミョーな結果になりましたが σ(・∀・`)ウーン…、乗り鉄的にはどの列車もさほど混雑せずに車窓風景を楽しめて、充実した鉄旅だったように思います ヨカッタ♪(*⌒∇⌒*)ヨカッタ♪。

さて、ここ一ノ関は東北新幹線や東北本線との接続駅。まだ現時刻(19時過ぎ)なら、今日じゅうに新幹線で東京へ帰ることもできますが、私が次に向かったのは・・・σ(゚・゚*)ンー…。


もうちょっとだけ、続きます ...(((o*・ω・)o。