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信州04・・・アルピコ交通 上高地線 乗車記  [鉄道旅行記]

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2011.12.28・29
信州04
アルピコ交通 上高地線 乗車記
  

冬休みの「青春18きっぷ」を使った信州鉄道旅。前回からの続きです。
長野で迎えた二日目の朝は、おそらく私にとって最後のなるであろう長野電鉄(長電)・屋代線の撮影と乗車を堪能し、今春で廃線となる同線にしっかりと別れを告げてきました。その後、須坂から長電・長野線経由で戻ってきたのは、朝にスタートした長野。ここから再び信越線の上りに乗って移動します。

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この日二度目となるJR長野駅からの出発。
「青春18」なので、もちろん乗るのは115系の普通列車。
11.12.29 信越本線 長野

信越線と言っても、乗った列車は長野から4つめの篠ノ井から篠ノ井線へと入ります。篠ノ井線(篠ノ井~塩尻)は長野県一、二の主要都市である長野市と松本市を結ぶ重要な役割を担う路線ですが、そのルートは山越えの高所に敷設されているために車窓風景は佳景。とくに途中駅の姨捨付近から見下ろす善光寺平は「日本三大車窓」の一つに選ばれているほどの絶景です。

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急激な勾配上にある姨捨駅はスイッチバック構造。
右の本線を上がってきた列車は一旦停止し、
バックで左の駅へと続く線路を進みます。
11.12.29 篠ノ井線 姨捨付近(後方の車窓から)

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その姨捨駅ホームから見えるのが
「日本三大車窓」のひとつ「姨捨からの善光寺平」。
この日は雪晴れという最高の条件で景色を楽しむことができました。
11.12.29 篠ノ井線 姨捨(車窓から)

ここで雄大な景色を背景に走る、特急「しなの」やEF64が牽引する貨物列車(今はEH200しか撮れないのかな?)を撮影したいところですが、今回の目的は篠ノ井線の撮影ではありません。そのまま下車することなく篠ノ井線に揺られ、私がやってきたのは松本。

長野1011-(篠ノ井440M)-松本1128

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松本は国宝・松本城を中心とした歴史と文化の街で、
その玄関口となるのが、この松本駅。
11.12.29 篠ノ井線 松本

今旅で何度か触れてきたように、長野新幹線開業によって信越本線が分断されて以降、「青春18きっぷ」を使って首都圏から信州・長野へ行く、もしくは今回のように長野から帰る場合、この篠ノ井線の松本経由がもっともオーソドックスなルートと言えます。往路は長野へ行くまでに高崎・信越線、碓氷峠バス、しなの鉄道と乗り継いできましたが、帰りはこの松本から中央東線へ直通する普通列車に乗れば、乗り換え無しの一本で都内(最長で立川)まで到達できます。でもその帰京前に、私にはどうしても松本で立ち寄りたい路線がありました。それは広大なJR松本駅の隅っこに間借りしているような形で発着する中小私鉄、「アルピコ交通・上高地線」です。

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松本駅のいちばん西端に位置する7番線が上高地線ホーム。
停車しているのは元・京王井の頭線の3000系。
右奥の6番線は信濃大町方面へのJR大糸線で、
115系の姿が見えます。
11.12.29 アルピコ交通上高地線 松本

so-netブログの仲間内では、ドラもんさんのブログ「今日の上高地線?」でおなじみの上高地線。私は過去に一度だけ、乗り潰し目的で松本~新島々の全線を往復しており、そのときの正式名称は「松本電鉄(松電)・上高地線」でした。しかし昨年4月、松本電鉄は「アルピコ交通」と社名を変更。上高地線は新たに正式名を「アルピコ交通・上高地線」となりました。実は勉強不足だった私は、鉄道会社の「松電」とバスや観光を主体としていた「アルピコ」は同系列の別会社(京成と北総のような関係)だと思っており、この名称変更を「松電がバス会社のアルピコに吸収合併され、経営移管された」と勘違いしていました。しかし実際には、もともとアルピコグループの鉄道部門であった松電が、同じアルピコ傘下の川中島バス、諏訪バスを吸収合併したことによる活動範囲の広域化で、親会社の「アルピコ」を名乗ることとなったのに過ぎないのです。鉄道路線の全線完乗を目指す私にとって、経営移管されて別会社となった路線は新規路線として新たな乗り潰しの対象にしており、今までもJRから移管された「青い森鉄道」や近鉄からの「伊賀鉄道」などの乗車記をブログでもとりあげてきました。しかし今回は経営移管ではなく社名変更。乗り直しの対象にするか微妙な位置付けですが、こういうケースは稀なので、気分も新たに「アルピコ交通」となった上高地線を再訪してみることにしました。ちなみに今でも上高地線の案内には、地域に根付いた「松本電鉄」の名が併記され、「松電」の呼び名も残されています。

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3000系の車内。
形式板の下には「アルピコ交通株式会社」のプレートが
しっかりと付けられていました。

上高地線を走るのは、元・京王井の頭線3000系の現・3000系。松電に譲渡された車両はすべて中間車からの改造先頭車なので、井の頭線時代の特徴だった「ステンプラ」のレインボーカラーは見られませんが、先頭部の表情はパノラミックウィンドウに改良された晩年の京王3000系そのもの。本家の引退からそう月日は経っていないので、まだ「懐かしい」って感じではありませんが、第二の人生を送る3000系にはエールを贈りたくなります。そんな3000系に乗って、上高地線の旅はスタート。鉄としては先頭の運転席後ろにかぶりつきたいところですが、前扉を使用するワンマン方式の電車で前に立っているのは迷惑となるので、後ろの車掌室越しに後方の景色を楽しむことにしました。

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松本の市街地を抜けると、のどかな景色が広がります。
四方を山に囲まれた松電らしい景色。
11.12.29 上高地線 渚-信濃荒井(後方の車窓から)

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車両基地のある新村には、なにやらキニナル車両が・・・。
11.12.29 上高地線 新村(車窓から)

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シブ~い木造駅舎が残るのは、森口駅。
駅舎だけでなく石段の構内踏切もいい雰囲気です。
11.12.29 上高地線 森口(後方の車窓から)

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高台にある波田駅付近から眺めた山々。
この日はちょっと雲が多めで、
北アルプスまでは見えなかったのが残念・・・。
11.12.29 上高地線 波田(車窓から)

観光地の上高地はシーズンオフ。さらに学校などが冬休みということもあって乗客は少なく、車内は終始ガラガラの状態。そんななかで席に座らず後方を眺めている私は、きっと特異な目で見られていたことでしょう(^^;)。結局ずっと立ったまま30分間乗り続けて、終点の新島々に到着。ひとつ手前の淵東まで積雪はほとんど見られなかったのですが、新島々の路盤は薄い雪に覆われていました。ここは松本市内よりもちょっと標高が高いのかな・・・?

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終点の新島々に到着し、折り返しを待つ上高地線3000系。
11.12.29 上高地線 新島々

松本1207-(上高地線19)-新島々1237

かな~り久しぶりに訪れた新島々。ぶっちゃけ、前回に訪れたときの記憶はほとんどなく、新島々がどんな駅舎だったか全くと言っていいほど覚えていないのですが、so-netブログ「絵画・文筆『人の生活がある風景』」でおなじみの画家、sonicさんが描いていた赤い三角屋根の駅舎が印象に残っていて、新島々は赤い三角屋根のカワイイ駅舎なのだとばかり思っていました。ところが・・・。

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大きな三角屋根が特徴の新島々駅。
駅前には上高地や乗鞍方面へのバスターミナルが併設されていますが、
今はシーズンオフで駅前は閑散としていました。
11.12.29 上高地線 新島々

あれ? 確かに三角屋根だけれど、イメージしていたのとだいぶ違うなぁ・・・と、あたりを見渡してみると、その新島々駅の対面に絵で見たのと同じ、赤い三角屋根の建物がありました。その玄関には「旧島々駅舎」の文字が掲げられています。これは旧駅舎?

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木造で赤い三角屋根の「旧島々駅舎」。
背景の山々とあいまって、いい感じに佇んでいます。

実はこの「旧島々駅舎」は新島々の旧駅舎というわけではなく、現在の終点・新島々よりもさらに先にあった、本当の終着駅・島々のもの。新島々から島々までの1.3キロは1983年の台風による土砂災害で不通となり、もともと利用客の少なかったこの区間は復旧されることなく、翌々年の85年に廃止となってしまった・・・とのこと。私が初めて訪れたときにはすでに廃止後だったので、そんな経緯があったとは知らず、上高地線は開業時から松本~新島々の区間だとばかり思っていました。その後廃止となった島々駅の駅舎は新島々前に移築されて保存。現在は上高地などの観光案内所となっています。小さなローカル私鉄にも、いろいろな過去があるものなんですねぇ・・・(ホント、勉強不足でスミマセン)。その旧島々駅舎の観光案内所はシーズンオフのためか開いていなかったので、外観だけを眺めてから新島々駅へと戻り、待合室で「えきなかギャラリー」などを拝見していると、「間もなく電車が発車しまーす」と駅員さんが呼びに来てくれました。

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新島々駅待合室の「えきなかギャラリー」。
展示されているのは、sonicさんの作品です。

これでアルピコ交通となった上高地線を全線完乗したわけですが、せっかくなのでもう一カ所、途中下車したいと思います。松本へ向かう上り電車を降りたのは、新村。往路の車窓でちょっと気になる車両が見えていた、上高地線の車庫がある駅です。

新島々1250-(24)-新村1305

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新村の側線に留置されているのは
凸形の古豪電機、ED301
残念ながらすでに車籍はなく、静態保存状態。
11.12.29 上高地線 新村

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駅を出て車庫の裏手にまわると、
先ほどの車窓から見えていたキニナル車両を発見!
この電車は元・東急5000系の通称「青ガエル」。
現在の主力である3000系が導入される前に
上高地線で走っていた車両ですが、現在は全車が引退。
一編成二両だけが新村で静態保存されており、
昨年、東急時代の緑色に復元されました。
11.12.29 上高地線 新村

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その「青ガエル」の前には古い歴史を感じさせる
木造の有蓋貨車が倉庫として活用されています。
11.12.29 上高地線 新村

当然、無許可で車庫内に立ち入ることはできませんが、お目当ての5000系「青ガエル」は車庫の裏手からその姿を眺めることができました。私が初めて松電を訪れたときに乗ったのは、白のボディに紺と赤の帯を巻いた松電カラーの5000系だったので、色は違うもののちょっと懐かしい・・・。さらに構内には、この5000系だけでなくED301や木造貨車なども解体されずに残されており、松電には歴史を重んじる精神が感じられます(そういえば、大宮の鉄道博物館に寄贈された、明治時代の木造電車「ハニフ1形」を長年保管してきた実績もありますね)。そんな長い歴史を有する貴重なものが、ここにはもうひとつ。それは車両ではなく、新村の駅舎です。

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松電の前身である筑摩電気鉄道の開業時
1921年(大正10年)からこの地に立つ新村の木造駅舎。
玄関には当時の社紋が掲げられています。
11.12.29 上高地線 新村

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現役の使用感がありながらも、懐かしい雰囲気が漂う待合室内。
掲示板になっている部分はチッキ(手小荷物)の窓口跡と思われます。

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ニスが塗られ、飴色の鈍い光を放つ木製ベンチ。
さらに板張りの壁や木枠の窓、建付けの悪い扉など、
そこかしこに感じられる木造駅舎ならではの温もり・・・。

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新村駅には自動の券売機はなく、
今でも窓口で硬券きっぷを手売りする昔ながらのスタイル。
「松本まで一枚。今日は寒いね。」
「いやぁ、雪が降らないだけマシですよ・・・はい、松本まで350円です。」
なんて会話のやり取りが聞こえてきました(実話)。

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今回私は上高地線を往復するのに、あえて一日乗車券を使いませんでした。
それはこの新村の窓口で乗車券を買いたかったから。
乗車用に松本まで一枚、記念の保存用に新島々まで一枚を購入。
「手を添えた写真を撮ってもいいですか?」とお願いすると、
「こんなきっぷは珍しいからね。」と、窓口氏は笑いながら快諾。

懐かしさと温もりを感じる木造駅舎の情景。しかしそんな趣ある駅舎が今春、新駅舎への移行によりその長い歴史に幕を下ろすことになりました。新駅舎は現駅舎の横に併設される形で建設が進んでおり、現駅舎がすぐに取り壊されるというようなことはないみたいですが、窓口氏の話だと役目を終える現駅舎の処遇は現時点で未定なのだそうで、その行く末が気になるところです。歴史を重んじ、古いものを大切にする松電の精神に期待したいところですが、老朽化や維持費などを考えると、保存などの明るい未来はなかなか難しいかもしれません・・・。また、この新村駅のほかに往路で後方から眺めた森口駅の木造駅舎も改築される予定。松電の歴史を支えてきた二つの木造駅舎の引退で、地味ながらもまたひとつ、昔ながらの懐かしい鉄道情景が消えようとしています。利便性や安全性、時代の流れを考えると仕方ないことなのですが、やはり寂しいものがありますね。でも、改築前のこのタイミングで訪れることができて、よかったと思っています。

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現駅舎の隣で、着々と建設が進む新村の新駅舎。
次に訪れるとき、この駅はどんな形になっているのでしょうか・・・。
11.12.29 上高地線 新村

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新村に入ってきた、上り電車。
この電車に乗って松本へ戻ります。
11.12.29 上高地線 新村

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今回は駅訪問がメインとなってしまった上高地線でしたが、
いつか北アルプスをバックに走るシーンなどを沿線で撮影したいものです。
11.12.29 上高地線 新村

新村1340-(26)-松本1354

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戻ってきたJR松本駅で見かけたのは、E257系のこんな姿。
このJR世代の特急車両とは思えない簡素な造りの中間運転台を
一度撮影してみたいと思っていたのです(^^)。
まるで国鉄時代のサロ165のような顔立ちですが、
これでも一応形式上は「クモハ」が与えられています。
ただし本線上で先頭に出ることはなく、あくまでも併結時などの入換え用。
11.12.29 篠ノ井線 松本

「青春18きっぷ」を使い一泊二日でまわってきた信州鉄道旅も、この上高地線訪問ですべて終了です。横軽の面影を色濃く残す「碓氷峠鉄道文化むら」と信越線廃線跡めぐりから始まり、国鉄急行型電車の生き証人である「しなの鉄道169系」の撮影、廃線の決まっている「長電・屋代線」最後の乗車、さらに名称変更で新たなスタートを切った「アルピコ交通・上高地線」の乗り潰しと、その影で役目を終える木造駅舎の訪問・・・。今回の旅は寝台列車や特急列車などの華やかな撮影はほとんどありませんでしたが、現代という時代に翻弄される路線、車両、駅、それに携わる人たち、それぞれの生き様にちょっとだけ触れることができたように感じています。正直、今になって振り返ってみると、かなりシブい旅だったなぁ・・・とも思いますが、たまにはこんな鉄道旅も悪くないかな (^^)。

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ラストランナーは中央線の115系。
帰省シーズンということで、この普通列車はたくさんの特急に道を譲りました。
まぁ、私は急ぐ旅じゃないし、のんびりと帰りませう。。。
11.12.29 中央本線 茅野

松本1425-(中央442M)-高尾1808



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