十和田観光電鉄・三沢駅・・・MONOCHROME-SNAP [MONOCHROME-SNAP]
「あれ、おかしいな・・・?」
久しぶりに訪れた十和田観光電鉄・三沢駅。一日で乗車と撮影がうまく両立できるような計画を入念に練ったはずなのに、乗る予定の列車がホームにいない。戸惑いながら駅貼りの時刻表を見直すと、その理由はすぐに解った。今日は土曜日で休日ダイヤだったのだ。平日と休日のダイヤを見間違えるなんて、「乗り鉄」としてはあるまじきイージーミス。恥ずかしさを通り越して、情けなくなってきた・・・。列車はたったいま出たばかりで、次は一時間半後。
しかし木製の長いベンチに腰掛け、落ち着いてあたりを見渡すと、この十鉄・三沢駅、なかなか趣のある佇まいをしている。この勘違いから生まれた一時間半という時間は、間もなく消え行く運命にあるこの駅が私にくれた、最後のひとときなのかもしれない。この時間を無駄にせず、少しでも写真に納めよう・・・カメラのレンズキャップを外して、もう一度私は駅舎の外に出た。
この角度だと、二階建てのこじんまりしたビルに見える。
十鉄・三沢駅の正面口。
実はこの駅、鰻の寝床のような造りで奥は意外と大きい。
十鉄・三沢は大正11年に古間木の名で開業したが、
現駅舎は昭和34年に建てられたもの。
昔は二階部分に喫茶店や案内所があったようだが、
今では閉鎖され、営業している店舗は一階の蕎麦屋のみ。
この蕎麦屋は知る人ぞ知る、名店なのだとか。
入り口から蕎麦屋の前を経て、奥の方にあるのが出札窓口。
木製の枠に縁取られた窓口やカウンターは、どこか懐かしい昭和の香りが漂う。
当分列車は来ないはずなのに、突然駅前の踏切が鳴り出した。
咄嗟にカメラを構えると、ファインダーに飛び込んできたのは
「レトロ電車」ことモハ3603+3401の姿!
イベント運転を控え、足慣らしの試運転だろうか。
十鉄生え抜き、モハ3401の顔を
開いた踏切から「みさわ」の駅名を背後に入れて、一枚。
閉じられたラッチの向こう。
客のいないホームで静かに佇む、元東急の旧型車。
まるで30年前の目蒲線にタイムスリップしたような光景だ。
回送の札を掲げた旧型車は、扉の開閉などを入念にチェックしたのち
再び懐かしい吊り掛け音を響かせて三沢を出て行く。
停車時間15分間の嬉しいサプライズ。
上の旧型車を見送った直後、青い森鉄道から本来の接続列車が到着したらしく、途端に三沢駅はファンでごった返すことになってしまった。がらんとしていた窓口には一日乗車券を求める長蛇の列・・・もうこうなると、落ち着いた雰囲気の写真を撮ることはできず、私はレンズにそっとキャップをはめた。しかし時刻を勘違いしなければ、自分もこの接続列車で三沢を訪れていたはず。そう考えると駅で滞在した一時間半は、偶然ながらも本当に有意義な時間を与えられたものだと思う。できればもう少し、人物や周囲の状況を絡めたカットを撮りたかったところではあるが、まもなく過去帳入りしてしまうこの駅の姿を旧型車と絡めて記録できたのだから、これ以上の贅沢は言うまい。
写真はすべて、11.11.5 十和田観光鉄道 三沢にて撮影。
(RAW現像時モノクロ設定)
肥薩線・大畑駅・・・MONOCHROME-SNAP [MONOCHROME-SNAP]
スイッチバックを行く列車の写真が撮りたくて、途中下車した大畑(おこば)駅。
狙っていた写真は撮れたものの、次に乗る列車までは約三時間待ち。この何にも無い山間の無人駅でどう過ごすのか・・・でも心配は無用。ここには開業当時から変わらずに佇む立派な木造駅舎があり、その待合室は周りの環境と相まってとても静かな落ち着く雰囲気。ここで読書でもしていれば時間などすぐに流れてゆく。前回訪れたときもそうやって時間をつぶした。私がこの静かな駅で読むために選んできた本は、自分にとって背伸びしたような、ちょっと難しい内容。でもここならば集中して読めそうな気がしていた。
ところが、どういうわけか無人駅のはずの大畑には人影があり、大きな笑い声が響いている。駅舎脇を覗いてみると、そこにいたのは休日を中心に駅で野菜などを販売する地元の方々だった。目が合ったので挨拶を交わすも、予期せぬ出会いに面を食らったのは事実で、これでは本に集中できないなとも思った。しかし、私が初めて訪れたときには既に無人化されていた大畑駅。それは静かだけれども、どこか寂しげだった。ところが今の大畑はどうだろう。いるのは乗客ではないが、人の温もりを感じられる駅本来の姿がそこに見えた気がする。
私は鞄の中から本ではなく、カメラを取り出した。
駅舎の脇に設けられた直売所。
大きな声の主は店頭に集う地元のおばさんたち・・・。
おばさんに「お茶でも飲んできな」と言われて通されたのは駅事務室。
駅が無人化されてからは倉庫として使われてきたこの部屋を、
最近JRの許可を得て、直売所の控室に使わせてもらっているのだそうだ。
私は図々しくもお茶のみならず、お菓子や漬け物、
ゆで卵までいただいてしまった。
事務室内の窓口業務を行っていた場所には、
古めかしい事務用の回転椅子が残されている。
床に置いてある駅名の入った筒は吸殻入れだろうか?
椅子などを珍しがっていると、奥の部屋へも案内してくれた。
今は物置となっているが、この畳敷きの小部屋は宿直室。
かつて鹿児島本線の峠越え拠点として重要な役割を担っていた大畑。
当時は常に鉄道員が泊り込んでいたのかもしれない。
春先の九州とはいえ、高原のこの辺りはまだ冷える。
事務室の暖を取るのに活用されていたのは、薪のストーブ。
このストーブもここにそのままあったものだという。
薪をくべているのは大畑の名誉駅長で、地元の先生。
軒下の煙突から立ち昇る薪ストーブの煙は
今の大畑が無人でないことの証。
やはり人の匂いを感じることができる駅の姿はいいものだ。
駅舎内の旅客待合室には、
壁一面に訪れた人達の名詞類が貼り付けられている。
貼ると出世すると言われているのだが、私に限っては効力が無いらしい。
今年はもう貼るのをやめた・・・。
昔ながらの木造ラッチ。
その向こうに人影があると、駅の温かみが増すような気がする。
大畑の歴史を物語る石造りの給水塔跡。
蒸気機関車時代の大畑は、
峠越えに備えた給水所としての役割が大きかった。
蒸気機関車の名残りはこんなところにも。
機関士が手や顔についた煤などを洗い落とすため
ホーム上に設けられた湧水盆からは
今でも滾々と水が湧き出ている。
駅の周りにたくさん植えられている桜の木。
ここも地元の方々が世話をしているのだそうだ。
満開の時期に訪れてみたいものだが、手軽に来られる距離でないのが残念。
周囲に人家などが無い大畑駅前。
唯一目に付くものといえば駅の向かいにある神社の鳥居くらい。
その鳥居越しに駅舎を眺めてみた。
山道に近い参道を登りきると、やがて木造の社が見えてくる。
こんな辺鄙なところに神社を建立したのには、
運行の安全などを願う大畑駅とのつながりがあるのだろうか?
神社の裏手からは白髭岳が一望でき、手前には満開の梅林。
予想していなかった絶景がそこに広がっていた。
駅へ戻ると、次に乗る列車が山の上のループ線に顔を覗かせている。
もうすぐこの駅ともお別れ。
地元の特産品と共に売られていた木製の鉄道手形。
お世話になったお礼を兼ねて、記念に一枚買っていこう。
「先生、最後に一枚写真を撮らせてよ」と言うと、照れて横を向く。
でもこの飾らぬ笑顔に惹かれた。
大畑駅を愛する友の会の皆さんお世話になりました。
また必ず寄らせていただきます。
写真はすべて、11.03.13 肥薩線 大畑にて撮影。
(RAW現像時モノクロ設定)